分水嶺

嶺はただそこに在り、水を見つめる

水辺にて

試験室のドアの向こう、少し離れたところから、ざー、ざらざら、と水がなにかを浚っていく音がする。この無味乾燥な職場に水が流れているはずもない。

ドアを開けてあたりを見渡しながら廊下に出ると、さっきよりクリアに聞こえる。年季の入った掃除機が、リノリウムの床と毛足の短いカーペットを行き来していた。清掃員の丸まった背中は最早その大きな音を気に留めることもなく、力の抜けた動きでゆっくり往復を繰り返す。

部屋に戻ると、掃除機の騒音をドアが濾過して波音に変えている。

実験の準備をしながら想像する。もしドアを開けた先が穏やかな波を湛える海辺なら。渓谷の深い緑をうつす川がそこに現れたら。この制服を脱ぎ去って、ひんやりとした水に身を委ねる。

むしろこの部屋が小さな舟だったらどうだろう。ドアを開けると、自分が大きな川をゆらゆらと揺れながら降っていくのがわかる。水のうねりの中で、為す術なく先へ先へと流されていく。途中で船酔いしてしまうだろう。

そんなことを9時過ぎのぼんやりした頭で考えているうちに、今日も仕事に呑み込まれていく。